形式的な意味でのブルーハーツのラストアルバム『PAN』。
メンバーそれぞれがレコーディングした楽曲を寄せ集めて制作された内容なのだが、バンドのソングライターであるヒロトとマーシーの楽曲の輝き方は、ひときわ目立つ。
同アルバムのヒロト曲においては、ブルーハーツっぽい優しさもあり、「歩く花」が非常に人気の高い一曲だ。
ヒューストンズ時代に演奏していた曲であるのだが、「呼んでくれ」と甲乙つけ難い、この時期屈指のラブソングと言えよう。
そして過去の資料を読み漁っていく過程で、同曲のモデルとなった人物や生まれた背景が分かり、非常に納得した次第であったので、コラム方々まとめていこうかなと。
ということで、名曲の誕生秘話にしばしお付き合いいただきたい。
『歩く花』の誕生秘話
結論から言うと、同曲のモデルはディープ&バイツのベーシスト、松崎太氏である。
なぜ言い切れるのかというのは、実はブルーパーツ(ブルーハーツのファンクラブ会報誌)最終号で、ヒロトが説明してくれているのだ。
「いや『歩く花』はねぇ、実は俺、太の結婚式の時に作ったんだよ。太ちゃんが結婚する時に『ヒロトくん、何か歌ってよ』って。でも俺ブルーハーツで歌っている歌で適当なやつが見つかんなかったから急遽作ったの。したらね、自分でもいい歌できたなぁって。こりゃあ、もったいねぇなぁと思って(笑)ちょうど奥さんが花をコーディネートする仕事してる人なんだけどね」
ところで、いきなりディープ&バイツと言われても、なんだか分からない人も多いでしょうから、改めて説明しよう。
ディープ&バイツは、ヒロトがブルーハーツ以前に組んでいたモッズバンド『ザ・コーツ』のギタリストであった山川のりを氏が、フロントマンとして結成した1990年結成のバンドである。
のりを氏繋がりという背景もあり、松崎氏とは表立った関連性は無かったものの、結婚式で歌を頼むほど親しい間柄であったことが分かるところ。
表立ったという意味では、むしろマーシーとの繋がりが目立ち、94年の『人にはそれぞれ事情がある』時の「ジャングルの掟ツアー」や、関連するイベントなどでベースを弾いている。
今やyoutube等に広くアップされている『LIVE GAGA SPECIAL’94』の映像でベースを弾いているので、参考までに見てみると良いだろう。(空席・情報時代の野蛮人・GO!GO!ヘドロマン)
余談だが、掟ツアーで松崎氏が歌っていたタイトル不明の楽曲(ミスター?とサビで言っているように思える)は、しっとりとした中々の名曲である。
説明が長くなったが、ともかくこの松崎氏のおかげで生まれた楽曲なのだ。
しかもこれだけ完成度の高い楽曲を「急遽作った」と言うのだから、本当に驚かざるを得ない。
「奥さんが花をコーディネートする仕事」という事から、ここまで内容を広げ美しい曲を書くのだから、月並みな表現であるが、やはり天才と言わざるを得ないだろう。
ブルーハーツ『歩く花』の歌詞の意味
急遽作ったとのことであるし、そこまで推敲して作り上げてないことは明白であるが、歌詞について少し考えてみよう。
一聴すると分かるように、「歩く花」がテーマであるが、人間と置き換えられる比喩表現であることが分かる。
とくに重要であるサビの部分を見ると、「花が歩き出し、愛する人の庭に咲く」と歌われるわけだが、「その人の元に行く」という意味で考えると、女性側の視点であるように感じられる。
しかしその前のBメロでは、「僕は一人で決めたんだ」と歌われ、一人称が男性となっているのだ。
Aメロも特に性別を断定する要素が見つからないため、あくまでもBメロの一人称が絶対的な判断基準と考えるならば、全編を通して男性視点ということは言える。
先にも述べたように、元ネタでは「奥さんが花のコーディネート業」であり、男性と女性では通常、女性の方が花に例えられるのは一般的な表現としてよく目にするので、どこか違和感もある。
そのためサビの歌詞は全体を通しての男性の意味合いを持ちつつも、暗喩として女性も指しており、双方にとっての歌詞と考えても、差支えはないように思える。
さらにこれは拡大解釈になってしまうが、古くからの日本ではやはり男尊女卑的な価値観が主流であり、男性が立場の強さを主張してきた。
しかし、この歌では奥さんが花のコーディネーターであり、そして自分が花であるということで、「むしろ自分は奥さんがあってこそ輝く存在」という意味で、自分が下手に回る優しい男性像が見え隠れする。
他のヒロトマーシー曲同様、明快な意味がある曲で無いのは確かだが、女性視点・男性視点いずれにしても、なんともいえない「優しさ」が見え隠れする、美しい歌だと感ずるところ。
「知られざるブルーハーツ『歩く花』の誕生秘話と歌詞の意味」まとめ
ということで、簡単ではあるが歩く花の誕生秘話の紹介と、歌詞の意味について考えてみた。
ヒロトにはヒロトの、マーシーにはマーシーのラブソングの良さがあると思うところであり、今回の「歩く花」を筆頭としたヒロトの真っすぐなラブソング、「君のため」のようなどこか切なさを孕んだマーシーのラブソング、どちらも甲乙つけ難い良さがあるのだ。
同曲のように明確な誕生秘話が明らかになっている曲は稀だが、こうした背景を掴んでおくと、曲の奥行きがさらにリアルに感じられるので、覚えておくと楽しみがさらに増すのは間違いないだろう。
この記事が少しでも違う角度で曲を見る楽しみを与えられたならば、幸いである。