スズキサトシ(@sasa_rhythm)です。
ハイロウズ時代にヒロトが作った名曲で『日曜日よりの使者』という曲があります。
この曲には以下のような、噂話が。
ブルーハーツ解散後、ヒロトは色々なことで思い悩み、自殺を考えるほど。
そして実際に自殺しようとした時に、付けっぱなしのテレビでダウンタウンが登場。
軽妙なトークに思わず笑ってしまい、「自分はまだ笑えるんだ」ということに気づかされ、自殺を思い留まった。
そしてこの体験を元に作ったのが同曲で、日曜日よりの使者とは、松本人志のこと。
簡単に説明すると、こんな内容です。
しかしこの話、僕にはどうしてもデマとしか思えないんですよね。
14歳の時にヒロトマーシーに出会い、昔はこの逸話を盲目的に信じてましたが、彼らのことを知れば知るほど、デマに思えてきたのです。
ということで、今回はこの話が信頼に足らない理由を、4点に分けて述べていきたいと思います。
目次
理由その1 ヒロトは公式に発言しておらず、話の出どころが一切不明
まず第一に、話の出どころが一切不明です。
僕は過去のインタビュー雑誌なども沢山持っており、膨大な数を読んできましたが、日曜日よりの使者の誕生秘話が語られたことは一切ありません。
昔のインタビュー映像なども、今は動画投稿サイトにたくさんあり、見れるものはほぼ見尽くしたと言えるレベルですが、こちらについても同様。
間違いなく、ヒロトが喋った話でないのは確かです。
ではこの話がどこから出て来たのか?というのが、疑問として残ります。
これは推測にしか過ぎないですが、ハイロウズが結成したのが1995年。
この年はちょうどインターネットが一般に普及し始めた頃で、windows95が発売された年。
その後2005年まで急激にインターネット産業は伸びていくわけですが、ハイロウズが解散したのも2005年で、ハイロウズの活動時期が思いっきり被っているわけです。
つまりは、インターネットの普及と共に、『誰かが推測or創作してネットに書き込んだ話が、さも事実であるかのように広まっていった』のではないかと思うのです。
この推論自体、根拠のあるものでは無いですが、一つの仮定としては成立してるのではないでしょうか。
理由その2 ヒロトが自殺する性格とは思えない
死ぬまでロックンロールをやり続けると言わんばかりに、音楽をとにかく愛して止まないヒロト。
自宅には膨大な数のレコードがあり、近年は蓄音機まで買うなど、ほとんど音楽マニアと言える領域に達しています。
そんなに音楽好きなヒロトが、いくら思い悩んでいるとはいえ、二度と音楽を楽しむこともできない「死」という選択を、果たして自ら選ぶでしょうか?
僕は到底そう思えません。
当たり前の話ですが、「生」があってこそ、様々なことを楽しめるのであり、死んだらその先は「無」です。
そしてヒロトが作る楽曲に目を向けて見ると、どれも前向きなメッセージが込められており、決して鬱々としたものは感じません。
例えばブルーハーツ時代の代表曲で、『人にやさしく』がありますが、何度も「がんばれ」と連呼し、人を支えてくれる歌は他にはありません。
挙げて行くとキリが無いので割愛しますが、ヒロトしかりブルーハーツの曲は、このような前向きな曲ばかり。
そんな前向きな人が、自殺をするはずはありませんよね。
理由その3 松本人志との交流が深くなってきたのは、98年頃から
さも昔から松本人志と昔から仲が良かったように語られますが、ヒロトが初めて彼と接点を持ったのは、ブルーハーツ時代のTV出演。
「ダウンタウンのごっつええ感じ」という番組がきっかけでした。
とはいえ、ここから親密に仲が良くなったかというと、そんな根拠もなく、一体どの程度の仲であったかは定かではありません。
TVを通してこのような間接的な交流はあったものの、音楽面で直接的な交流が生まれて来たのは1998年から。
詳しい経緯は分かりませんが、3rdアルバム『ロブスター』のジャケットは、松本人志に依頼して書いてもらったもの。

またロブスターからシングルカットされた、『千年メダル』『真夜中レーザーガン』のジャケットも同氏によるものです。
その他で言うと、ハイロウズの唯一のベスト盤で、最後に発売されたCDである『FLASH』のCMに、松本人志が出演しています。
ここからが推論ですが、交流が深くなってきて以降、後付けで考えられたエピソードではないかということです。
ハイロウズと松本人志の関りが多くなる
↓
日曜日よりの使者は松本人志のことではないかと思う
↓
逸話創作
といった感じ。
定かではありませんが、このようにして作られた可能性も無きにしもあらず。
理由その4 中村一義が酷似したエピソードを語っている
中村一義というミュージシャンをご存知でしょうか?
実は彼の自伝の中で、冒頭の逸話とそっくりなエピソードが語られているのです。
加えて、松本人志も2002年に自身のラジオ番組で、「あるミュージシャンが」とぼやかした上で、自分が自殺を思い留まらせたことを語っています。
ヒロト→一切の発言無し
中村一義→自伝で自殺を思いとどまったことを語る
松本人志→ミュージシャンの自殺を止めた話をする
整理するとこのような状況となり、ヒロトではなく、むしろ中村一義と松本人志を結び付けた方が、納得いきませんか?
そして中村一義の自伝の話を知らなければ、ヒロトの話だと捉えられても不思議ではありません。
松本人志のラジオを聴く
↓
ハイロウズと松本人志の交流を知る
↓
日曜日よりの使者が、松本人志と捉えても不思議ではないと思う
↓
エピソードの完成
といった具合。
真実は分かりませんが、中村一義と松本人志のエピソードが、認識の違いや歪曲があったうえで、出来上がったのが日曜日よりの使者の逸話だと、思わざるを得ません。
「甲本ヒロトと松本人志の逸話はデマだと思う根拠」まとめ
以上4つの理由を書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?
個人的な結論としては、『本来は中村一義と松本人志とのエピソードであるものが、松本人志のラジオだけ聞いてヒロトの話と思い込み、その話がインターネットの普及も相まって、事実のように広まっていった。』と考えています。
あながち間違いではないかなと。
何はともあれ、インターネットは簡単に情報が手に入る分、信ぴょう性に欠けるものが多いのも確か。
盲目的に信じるのではなく、しっかりと自分で検証するのが大事ですね。
こういった例を反面教師として、当サイトではおかしな情報を流布しないよう、きちんとした情報をお伝えしていきたいと思うのでした。