言わずと知れたロンドンパンクを代表するバンドの一つである『クラッシュ』。
「クラッシュの魅力は?」と聞かれると、数行程度の文章では到底収まるものではないが、あえて端的に現すとすれば『常に弱者の視点であり続けた』ということが言えよう。
パンクというと、先行するピストルズのイメージが強く、一様に攻撃的で反体制的な音楽携帯と捉えられがちだが、明らかにクラッシュはそのパブリックイメージとは一線を画したバンドであった。
話が逸れるのでバンドについてこれ以上は掘り下げないが、そんなクラッシュのフロントマンであり、作詞を手掛けていたジョー・ストラマーの言葉に迫っていきたい。
得てして良い歌詞を書く人は、常人とは異なる深みを持った言葉を発するが、当然ジョーもその例外ではない。
彼が心から発した言葉の数々に触れ、何かを感じ取っていただければ、この上ない喜びである。
ジョー・ストラマーの名言
やるしかないのに、そんな簡単なことのわからない人間が多すぎる
トライすらできないヤツが、やっている人間に何を言えるって言うんだ?
世の中の数限りないギタリストに目をやると、自分の居場所なんてないと思うかもしれない。
でもそんなことはない、絶対に居場所はある。あるギタリストとまったく同じプレイをする人間なんていないんだから。
ギターはとてもいい楽器だ。ピアノよりもずっといい。(ジミヘンの言葉でもディック・デイルの言葉でもなく)これは俺の言葉だ。
自分を信じてやるだけだ。俺が“ストラマー”と名乗るようになったのは、リード・ギターが弾けなかったからさ。
だったら掻き鳴らす(strum)ギタリスト、“Strummer”になろうと決めたんだ。
ひとつ言っておくが、人は何でも変えられる。世界中の何でもだ
誰よりも高く飛びたいなら、誰よりも低く身構えるのさ。
“月に手をのばせ”っていうのが俺の信条なんだ。たとえ届かなくてもね。そのほうがよっぽどマシだよ。
パンクはスタイルではない。姿勢だ。
俺たちが成し遂げたいのは『状況は変えられる』という社会的雰囲気なんだ
中身のある音楽をやっていこうというのは同感だね。キミが、クラッシュがなくなってキツい時もあると言ったけど、例えば 親が死んでも子供は前に進んでいかなくてはならないように、キミも前に進まなければいけないんだ。精神的な支えが無くなった後も、自分で進んでいかなければならないんだよ
記者『パンクは死にましたか?』
ジョーストラマー『・・・』
無言で記者に近付き胸に手を当て・・・
記者『!?』
戸惑う記者。
ジョー
『その答えは君が一番良く知っているはずだろ?』
どんな場所でも、どんな時でも、お前は自分の言葉と、自分のスタイルを自信をもってヤルべきだ!それがPUNKだ!」(THE MODS・森山達也に言った言葉)
撮りたいものはすべて撮るんだ!それがパンクなんだ!(カメラマン山口氏に対しての言葉)
初めてピストルズのエネルギーを目の当たりにして思ったんだ、『俺の将来はこれだ!!これしかない』って。もう最初の曲の一小節を聴いた時点で、瞬間的に悟ってしまったよ。
青少年の大半がスクォッティングして失業保険で食いつないでるって有り様だった。で、新音楽革命を起こそうとしている人間がこの事実から目をそらしちゃいけない!と思ったんだ。
ピストルズの恐るべき凶暴性、爆発力を見た時に思ったね、こいつらは革命の先駆者になるにふさわしいタマだ。だからこの革命後、しっかりした本質を人々に与える役割を自分たちがやらなきゃならない、と思ったんだ。
パンクが出てくる以前のバンドとそのファンの関係性ってのは、それはもう厳重なセキュリティ・システムでもってハッキリと切り離されてしまったからさ。あれじゃいったい何が若者代表だ?と思ったよ。ファンの代表であるはずのバンドがそのファンから離れて行ってしまったら一体何が残るんだ?とも思った。
薬、女、金に対しての執着はなかったけど、ガキの頃からR&Rヒーローになるのには憧れてたよ。
俺がクラッシュのギグの歴史を見て自慢できることの一つは、あれだけ凶暴なギグの数々をこなしたのに、負傷者がたったの一人しか出なかったって点なんだ。
言っとくけど、バンド側が自分たちのギグでケガ人が大勢出たなんてことを誇りに思うのは物凄く恥ずかしいことなんだぜ。自分たちのオーディエンスに対してさえ、責任が持てなかったって意味になるんだからさ。
クラッシュが『コンバット・ロック』で芸術的な頂点に達した時、思ったんだ。これを機にあと10年以上続けようと思えば続けられる。が、果たしてこれ以上の表現方法で、俺たちが本当に言いたいこと思ってることを提示できるだろうか-って。
もう自分の書いた詩が自分に何の意味も持っていなくても、それを人々に向かって歌い続けるべきなんだろうか?って。その矛盾に気づいた途端、全くやる気をなくしたね。クラッシュはあの時点で解散するべきだったんだ。
ほら誰の人生にも一度や二度、自分が正しい時に、正しい場所で、正しいことをしてる、と直感出来る時間ってものがあるだろう?俺にとっては、あの夜がそういう瞬間だったんだ。(77年5月9日、ロンドン・フィンズベリー・バーグのレインボウのライブについて)
バンドとして活力を維持するためには常に新しい音楽を作り続けなきゃならないわけで、方向転換に無理を感じるようになったら、それはもう行き詰ったという証拠なんだ。いろんなバンドがそういう時期に遭遇して解散していったと思うし、またそういう時期が来てもなお続けていくことはバンドをやる者の良心として許せない気がするんだ
俺のパンク精神は、曲りなりにも今の若い連中の中に立派に生きていると思うしさ
でも、それが原因で(実験的な方向に進んだことで)ポップ・スターダムを逃したことについては全く後悔してないんだ。だってクラッシュは、最初からそういうこととは無縁なバンドのはずだったからさ。
大体バンドが解散する時ってのはさ、解散する必要があるからするんであって、その後どんな理由であろうと絶対再結成なんかしちゃいけないんだよ。自分たちが今までやってきたことの意味を帳消しにすることにつながるんだからさ。
新しいスタイルが最初とっつきにくいからって、その事実に目をつぶっちゃダメなんだよ。そんなことしたら70年代中期にパンクが出現した時、『なんだあんなくだらないもの!』の一言で無視しようとした無自覚な老人たちと同じになっちまうんだぜ。若くてエネルギーのあるうちに全身で飛び込んでいかなきゃ。
パンクってのは、基本的に自分自身のイメージを改新することから始まったわけだよ。階級制度や身分意識にがんじがらめになってる労働者階級の人間が、自分が自分として誇りを持つためには、まず自分の内部にある力を信じることから始めなきゃいけないと叫んだ、最初の芸術形態だったんだ。
俺たちは重要で意味があることを歌いたいんだ
主眼とか目標とかっていうのは・・・音楽をやっていくうえでは無意味だと思わないか?そうやって今後の方向性を自ら限定しちゃっても、上手くいくとは思えないよ。
(「また新たな革命がロックシーンで再び起きることはありえると思いますか?」という質問に対し)
その可能性は十分にあると思う。想像を絶するほどの奇妙なサウンドを奏でる連中や、今まで聴いたことのない楽器を使う連中が突然現れてもおかしくない。
それこそがロックンロールの素晴らしいところなんだからさ。この世で延々と進化を遂げてるもんはロック以外にあまりないはずだよ。(中略)
ロックンロールは予測不能だから魅力的なんだ。これからも奇天烈な連中がどんどんレコード作ってくれることを願うよ
(「あなたが音楽によって伝えたいことって何でしょうか?」との質問に対し)
善行に励み、悪徳は避けろ、人間らしく生きろ、他人の苦しみに同情を持て、人生に耐え、人を理解することに努めよう、ってとこかな。
クラッシュ聴き放題!
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